小さな贅沢・正直な木のぬくもり

アンディゴ ■ ウッドクラフト 杏詩木のルーツの話し    


杏詩木のルーツは四国・徳島・高越の山奥から切り出された欅の大樹から始まりました。 直径80cmのちゃぶ台が、その欅から作られました。今から70年程前の事です。 祖父から父へ、そして私へと受け継がれた無垢欅の「おじいちゃんのちゃぶ台」のお話から 杏詩木(アンディゴ) 木の物語が始まります。  以後、たくさんの方々と様々な樹との出会いからページは増え、笑いあり、うれし涙ありの 木の物語は今年20冊を超え、21冊目を迎えようとしています。                 ---- 樹と人との出会いから、人と人とのつながりへ --- 杏詩木(アンディゴ)創業者・白濱 惠子

 木工への思い  

徳島は木材の産地であると共に集散地でもあり、木工業は地場産業です。 私は剣山系から切り出される材木の集積地・穴吹で生まれました。 祖父や父は木工所を経営し、私は木と職人たちに囲まれて育ちました。 その頃、家族で食事をしていた欅の丸卓は、今でも脚をリメイクして愛用しています。 先日、大阪のデパートでお会いした年配のご婦人から「お嫁入りに持ってきた徳島の家具は 作りが大変良くて長持ちし、ずっと愛用している。娘にもぜひ徳島の家具を持たせてやりたい」という 嬉しい話を聞かせてもらいました。
東京では徳島の家具の知名度は本当に低く、残念な思いをしてきたので大変嬉しかったです。 知名度は低くても他の産地には決して劣らない技術の高さが徳島の家具にはあります。 その高いレベルの技術を生かし現代のライフスタイルに合ったデザインの物作りを私は推し進めようとしてきました。 私の周りにはたくさんの作り手がいます。木工職人はもとより陶芸家、阿波藍の染や織りの作家、 阿南のいぶし瓦職人、まだまだたくさんの物作り手たち。家具を核として器や布、あかり等トータルブランドとして 徳島のリビング産業の創出をめざしています。
昨今の大変厳しい経済状況の中、それを追い打ちする形で千年に一度と云われる大震災が起こりました。 私どもアンディゴも横浜でのデパートの四国物産展に出展中で、その日以降の展示会日程は中止になり、 それに続く東京での展示会も節電と余震の中、客足は遠退き、大層苦戦を強いられました。 関東で徳島の家具の良さをアピールしようとしていた矢先の事で残念でなりません。 木工の技術、職人の技は木の成長と同じように昨日今日の短期間に出来ることではありません。 日々のたゆまぬ努力の長い蓄積があっての事です。
しかし、その灯が消えてしまうのはあっという間です。 今こそアンディゴのシンボル=スイミーのように、知恵と勇気と熱意で苦境を乗り越えていきたいと思います。                                                                   
                                 (有)アンディゴ杏詩木